Qualification 試行について

趣旨

心理学・社会心理学の領域で、再現性検証の研究が行われ、原論文の主張通りの結果が得られたものは 40% を切ったというショッキングなニュースが流れました。EC 領域では、「楽しさ」を中心とした「主観」評価の難しさが長年議論の対象となってきましたが、心理学・社会心理学の領域で突きつけられた再現性の課題は対岸の火事ではありません。

従来、科学技術系の学術研究は、研究者がクローズな形で実験を実施し、その結果を紙媒体の論文という形にまとめて投稿、論文からその有効性や信頼性を読み取って審査するという方式がとられ、この制度のもと、成果の積みあげがなされてきました。心理学・社会心理学領域で指摘された課題は、研究者自身の倫理にではなく、実施された実験に可観測ではないこと(実験参加者のプロフィールや周辺環境等、論文には書ききれないたくさんの事項)があるということにあると考えられます。

エンタテインメント領域で取り扱う対象は心理学が扱う心の働きの中でも個人性の影響を受けやすいものであり、「再現性」の課題はより重い課題となります。実施主張を裏付ける正しい実験課題の設定、厳密な実験計画の設定、再現実験を実施するための精緻な実験状況の記述に努めるのは、科学技術研究に取り組む研究者の正しい態度ではありますが、個人の責任においてこの問題に向き合おうとした場合、EC 領域ではテーマによっては、評価実験の実施に過度の負担がかかってしまったり、主張自体を変えざるを得なくなる事案が発生し、この領域全体の進展のマイナス要因として働いてしまう状況が危惧されます。

我々は以上のような問題意識に基づき、「体験」を扱う学術領域として、研究者が Entertainment Design Asset (EDA) を提出し、ノーブラインドの審査者が EDA の実効性をデモや聞き取りによって判定し、シンポジウムが Qualification を与えていくことを試行します。審査者(名)を開示し、また、評定文を記録として残していくことで、Qualification の検証条件を確保します。これによりすべての問題が解決できるわけではありませんが、第一歩として、評価実験(審査)の内容の「見える化」を目指します。Qualification の認定を受けた研究(システム)については、EDA システムのデモムービーを公開し、関連研究の検索・参照等、本領域の積み上げに寄与できるような枠組みを確保していく計画です。

 

Entertainment Design Asset (EDA) について

Entertaiment Computing の研究領域の目標を別の言葉で言い表すと、「心を動かす」情報学ということになります。EDA は、心をどう動かしたいのかという宣言とそのためのデザインをまとめた資料です。以下に例を挙げます。

(EDA事例その1)
研究(システム)名:XXXXXX
心をどう動かしたいのか: 「爽快感」「人に語りたくなる(ナラティブ創出)」
アプローチ:一見難易度が高そうにみえて、実際には絶対に敵の砲弾に当たらない状況を設定した弾幕系のゲームを用意する。敵が撃つ弾をプレイヤの自機をどのように操作しても当たらない軌道とすることで、当たる可能性のある弾が無いのに見た目は高難易度とすることができる。これにより、素人のプレイヤがあたかも神プレイしているような体験と他者からの「目」を意識することができる。種明かしも含めて、この体験を他者に語りたいという「ナラティブ」な要素も包含する。

(EDA事例その2)
研究(システム)名:XXXXXX
心をどう動かしたいのか:「背徳感」「自己顕示欲求」「人に語りたくなる(ナラティブ創出)」
アプローチ:GPS, パターン照合技術、平面推定技術 (PTAM) を利用し、スマートフォン、もしくは、タブレット上で動作するARによる落書きコンテンツを提供する。落書きの書き手は、誰かに見られるかもしれないという感情をもって「落書き」をAR空間上に残すことができる。描く落書きの内容によるが、プレイヤは「背徳感」を味わうことができる。閲覧者は現実の空間に出向くことで、その場所固有の「空気感」を感じつつ、落書きを鑑賞することができる。

 

Qualification の手続きについて

EC2018 の Qualification 試行では、発表者は提案するエンタテインメントの枠組みの説明を投稿時に提出し、審査委員会がデモあるいはビデオ等を通じてどのように実現されているかを会場にて確認します。

Qualification を希望される発表につきましては、下記の2点をご用意ください。

  • EDAフォーマットに従って、体験者の心をどのように動かしたいのか、どのような手法でそれを実現するのかを説明してください。
  • デモ発表を行ってください。大物などの理由でデモが実演できない場合は、内容が分かり議論できる材料(実演のビデオなど)で発表してください。

口頭発表ロングに限らず、ノート、デモ発表のみでの希望も歓迎します。Qualification を希望されない発表におかれましても、有益なフィードバックが得られることと思います。提出された EDA 事例は委員会で分析して次年度以降の活動につなげていきたいと考えています。研究分野の発展のため、是非とも EDA の提出をお願い致します。

Qualification はエンタテインメント体験を生み出すタイプの研究を主に対象としています。Qualification にそぐわないタイプの研究(例えば基礎的なデバイスの研究やエンタテインメントの評価に関する研究)の場合は EDA フォーマットでは説明しにくいかと思います。そのような場合は無理に提出する必要はありませんが、代わりに研究内容がエンタテインメントコンピューティング分野にどのように寄与するかを記入頂ければ幸いです。

EDA フォーマットあるいはエンタテインメントコンピューティングへの寄与の説明は論文本体に記載することは必須ではありませんが、推奨いたします。議論の展開等に活用くださいませ。

Qualification で認定された論文が論文誌特集号に投稿された場合、有用性に関しては確認済みとして扱います。つまり、実験による評価は不要です(もちろん、妥当な実験による評価や観察による分析は好ましいですし、Qualification の際の主張や議論を論文中に記載することが望ましいと考えます)。なお、情報処理学会の制度としての「シンポジウムからの推薦論文」ではなく、従来の特集号でのスペシャルエディタ制度の枠組みで実施することにご留意ください。当然ながら、採録を保証するものではありません。